儲けることは手段か目的か。
ある目的を達成するための手段として投資をして儲けようとしているのか、それとも儲けること自体が目的なのか。
初めは前者だったのに、気付けば後者となっていないか。
儲けるためだったら何をしてもいいわけではない。
そこには超えてはならない一線がある。
だが、その一線をどこに引くかは投資家自身にかかっている。
急成長している企業があって、その企業の株価は将来的に上昇する可能性が高いとする。今、株を買っておけば儲けられるチャンスだ。だが、その企業が従業員をこき使うブラック企業だとしたら投資するだろうか。
投資家自身が直接にその企業の従業員に何かをしているわけではない。投資家は自分自身の目的に近づくための手段として、儲けるためにそのブラック企業に投資するかもしれない。儲けること自体が目的の投資家ならば、ブラック企業であろうとなかろうと儲けられる機会を逃さないかもしれない。
だがこれで儲けられたとしても気分は良くない。それはブラック企業に自分が加担したと感じるからだ。従業員をこき使ったことで得られた利益の一部を自分も受け取っていると感じるからだ。
それでも儲けられればいいのか。
私は気分が良くない投資はしたくない。無論、非の打ち所がないほど善良で完璧な企業など存在しない。少なからず負の側面を持っていることも確かだ。
だからこそどこかで線引きしないといけない。
儲けが先に立ち、気分が良くない投資も平気でできるようにはなりたくない。
これは投資家としての矜持だ。
そして、志を感じられる企業に投資したい。
これは個別株にこだわる理由だ。
インデックス投資ではそうはいかない。インデックス投資では、ブラック企業も志ある企業もまとめられてしまう。投資家の儲けへの意思はあるが、個々の企業へ向ける投資家の意思はない。そこに矜持や志など必要ないのだろう。それも一つの考えだ。
だが私は投資家としての矜持と志は持っていたい。