投資狂日記

自由を追求するブログ

株を安く買って高く売ることが難しいのはなぜなのか

株の儲け方は、株を安く買って高く売ることだ。

単純明快なのにこれがなかなかできない。それはなぜなのか。

 

そもそも、株の「安い」「高い」というのが何を指しているのかが曖昧なのだ。

 

典型的には過去のある時点での株価と比べて「安い」「高い」を判断している。例えば、「去年の最安値より安い」、「最高値より高い」とか。

過去のある時点の株価と今の株価を比べて「安い」「高い」ということが何を意味しているのか。それが株を買う理由として十分な根拠になるのか。過去の株価というのがどうして比較の起点となるのか。それを下回ったから安いと言えるのか。安いけどそれは文字通り単純に「安い」だけであって、魅力がないことを意味しているのではないのか。魅力がないのに将来値上がりする見込みはあるのか。魅力がない株を安いからという理由で買うことに意味があるのか。

思いつくだけでも多くの疑問が浮かんでしまう。

 

もう一つの見方は、企業の本質的価値と比較して株価が「安い」「高い」を判断するということだ。本来、株価の割安割高というのはこの意味で用いられる。企業の本質的価値と株価の乖離しているところに投資の収益機会が生じると考えるのだ。

株式市場で暴落が起きた時がチャンスと思えるのは企業価値と株価の乖離が大きくなる可能性があるからだ。だが、すべての銘柄がそうなるわけではない。暴落時には企業価値が大きく毀損する銘柄が多く含まれているのであって、安くなったからといって闇雲に買っても意味がない。企業価値がどう変化するかを考えていなければ損を被るだけだ。

だが、企業の本質的価値というのをどう計るのか。財務数値を駆使して推定することはできるが、あくまで推定に過ぎず、それが真実の企業価値を表しているとは限らない。その推定した企業価値が的外れなら、割安割高の判断も的外れとなる。企業価値の推定が困難であることで割安割高の判断自体が困難になってしまう。

 

何をもって株価が「安い」「高い」と判断するか。それ自体が難しく、だからこそ株式投資が奥深く魅力的なのだともいえる。

 

自分なりの判断基準を持てるかが重要なのだ。

そして、たまに起きる暴落といった荒波に耐え、自分の判断基準を保持できるか。投資の成否はそこにかかっていると思う。その判断基準が曖昧だったり一貫していなければ行き当たりばったりでいつまでも成果が上がらないのではなかろうか。