「石の上にも三年」ということわざがある。冷たい石でも三年座っていれば温まるように、辛いことや我慢も続けていればいつか成果が出るという意味だ。だが最近では3年我慢すること自体に意味があるのか疑問がもたれ、タイパが重視される傾向にある。
確かに状況によってケースバイケースだし、時代の変化が早いため一つの場所にこだわり続けることがいいとは限らない。無理する必要のない我慢もある。
でも何事もある程度下積み期間は必要なのではないのか。
下積み期間は苦しいことが多い。慣れていないし、手順がわからず段取りも悪いからしょっちゅう失敗する。そしてここで続けられる人と辞めてしまう人とで分かれるのだ。
大きく成功している人はどの分野でも下積みを経験している。たまたまうまくいった人は継続して結果を残すことができない。
やはり失敗したり試行錯誤する期間は必要なのだ。そして失敗や試行錯誤をする苦しい期間を耐える意志を持っている。
その意志には、将来のあるべき姿が明確にあるのだ。そして将来と現在の姿にあるギャップを埋めようとする。あるべき姿になろうとする意志が強いほど苦しい下積み期間を耐えることができる。
ただ、下積みしたからといって必ずうまくいくとも限らない。それが現実の厳しさだ。だけど、下積み経験が無駄になることはないと思う。後に何らかの形で返ってくるものではないか。
荘子は「人は皆、有用の用を知れども、無用の用を知るなし(だれでも、役に立つものが役に立つことは知っているが、役に立たないものが役に立つことは知らない)」と言った。
世の中に役に立たないものなど何一つない。
下積み期間というのは、その時は無駄に思えるものだ。
とかく効率とかコスパとかいうけど、「無用の用」ということにももっと目を向ける必要があるように思う。