KDDIでも会計不正が起きたが、日経新聞電子版にその調査報告書に関連する記事が掲載されていた。
その記事を読んで思い浮かんだことがある。
それは中国古典の「韓非子」のこんな言葉だ。
「知ることの難きに非ざるなり。知に処することすなわち難きなり。」
(知ることが難しいのではなく、知ったことについてどう対処するかが難しいのだ。)
会計不正はKDDIのグループ企業でネット広告代理店を手掛けるジー・プランという会社で発生した。手口は巧妙な架空循環取引だった。不正の首謀者であるA氏は、不自然な取引に気付いた部下のB氏にこう言ったという。
「悪いことはしていない」
「詳細は考えないでほしい」
「気にしないでバカになれ」
B氏からすれば、取引を知っているのはA氏のほかは自分しかいなかった。上層部の知るところとなれば自分が告発者であることがA氏にわかってしまうおそれがある。そのため上層部にも相談しなかった。違和感を感じながらもA氏に従い不正に関与することになった。
結局、架空取引で外部企業に流出した資金は累計で329億円に上り、26年3月期だけでも171億円にのぼるという。
もし、B氏が不正に疑問を抱いた時点で上層部に相談していたらここまで深刻にならずに済んだかもしれない。だが、影響の大きさによって自分が職を失うと思ったのだろうか。
まさに「知ることの難きに非ざるなり。知に処することすなわち難きなり。」だ。
不正があることを知るのはそれほど難しくない。それより不正を知ったことについてどう対処するかが難しいのだ。
不正を告発するのが当たり前だろう、と誰もが思う。
だが実際にそういう状況で、不正を正せるのは自分しかいないとしたら、本当にできるだろうか。
知ったことについての対処が難しい事例は歴史上にもある。
例えば、本能寺の変が起きた知らせを受けた羽柴秀吉に、参謀の黒田官兵衛は「今こそ天下を取る好機」と進言したことだ。
官兵衛は秀吉の深層心理にある天下への野心に気付いていて、それを秀吉に対して口にしてしまった。秀吉は平静を装いながらも、官兵衛に心中を見透かされているような怖さを感じ、以後官兵衛を警戒するようになったという。
官兵衛からすれば、余計なことを口走ったがために自分の身を危険にさらすことになったわけだ。
知っていることをひけらかすことは自分の身を危うくすることにもなる。
他人の秘密などもあまり知りすぎるのはよくないのだ。
知っていても知らないフリをしていることがいい時もある。
よくよく考えて行動しないといけない。