今日も株式市場は大きく下落。イラン情勢の先行きが不透明で、原油高が経済へ悪影響をもたらし、企業業績悪化につながることが意識されている。
先行き不透明という不安。
でも、先がわからないというのは当たり前のことだ。
明日には大地震があるかもしれないし、富士山が噴火するかもしれないし、隕石が降ってくるかもしれないし、心臓発作を起こすかもしれない。
いろいろ対策をしても不安がゼロになることはない。
心配したところで不安が解消されることもないのだから、心配しすぎることに意味はない。心配することでかえって不安を増幅し、ますます心配するという悪循環に陥るだけだ。
それに将来起きることは悪いことばかりだけではなく、良いこともあるわけだから悲観一方になる必要もない。
激動の世の中では予期せぬ出来事や衝撃によってダメージを受けることも多い。だが物事はどう捉えるかで変わる。ピンチに陥り嘆くのか、それともチャンスと捉えるのかは自分自身で決められるのだ。
ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウスの「自省録」にはこう書かれている。
「空中に投げられた石にとって、落ちるのが悪いことでもなければ、昇るのが善いことでもない」
石は昇っても落ちても石としての本質は変わらない。
成功した瞬間の自分も、挫折した時の自分も、本質的な「私」は同じ。
マルクス・アウレリウスはこうも言っている。
「エメラルドは人に褒められなくてもその価値を失わない」