株式投資をするうえで数字は付き物だ。企業の業績が伸びているか、財務状況はどうか、企業価値はどのくらいか、などは数字で表されたものから判断する。
また、自分の投資成績についても数字によって前年やベンチマークと比較したりする。
企業においても様々な目標が数字で掲げられる。その数字を達成すべく人々は汗水たらすわけだ。
数字は客観的ではっきりしていて有無を言わせない力を持っている。ゆえに目標の数字が達成されていないとそれは一目瞭然で、目標未達という結果の責任も明白になる。
このことが数字を独り歩きさせる危うさを生む。
すなわち、数字という結果を出すこと自体が目的となってしまう。例えば、目標の売上を達成するために強引な値引きをしたり、将来の売上を先食いして目標を達成したように見せかけるようなことだ。そして上層部は作られた数字を信じて、また新たな目標の数字を出していく。さらにはそうした見せかけの数字を作れる者が優秀とされて評価され出世していく一方、数字の裏にある本質をみようとする者は隅に追いやられる。
数字が独り歩きし、数字の奴隷になった者による組織はいずれボロを出す。
不正が起きた企業を思い起こせば、該当するケースが多い。最近ではニデックがそうなのではないか。
株式投資で銘柄選別をする際に、表面的な数字だけに注目してはいけないのだ。
その数字がどのようにつくられているのかを探る必要がある。
きちんとしたプロセスを経て生み出されたうえでの数字なのか、それとも表面的に繕った数字なのか。
信用というのは、しっかりしたプロセスを経て生み出された結果を積み上げたものだ。
だが結果の数字だけをみていると本質を見失う。
数字は重要だが、数字の奴隷になってはいけない。