株式投資において銘柄選択をする際、投資してみたい企業がある一方で投資したくない企業というのもある。投資したくない企業というのは、なんとなく負のオーラが出ている感じがするのだ。
業績が落ち込んでいるとか、何か不正が起きたとか、明らかなものもある場合もあるが、外からはうかがい知ることができなくてもなんとなく滲み出ていて、それがまるで腐臭を放っているかのように遠ざけたくなる気持ちになるのだ。
業績の落ち込みや不正の発生も、元をたどればそういう腐臭の発生源がどこかにあってそれが業績や不正という形になって表れたものなのかもしれない。
その腐臭は、企業風土や組織風土といったものから醸成されるのではないか。
そんなことを考える題材として現在注目しているのは日産自動車だ。
日産はいま苦境に立たされている。業績不振が深刻になり、株価も落ち込んでいる。
以前に経営不振に陥ったときは、あのカルロス・ゴーンを招き入れて復活したかに思えた。だが周知のとおり結局は経営の混乱が起きてゴーンは追放されるに至った。ゴーンが去った後も業績は向上せず、コロナ禍を経て落ち込みが激しくなった。
このような状態になっている原因は経営陣の力不足というのもあるが、それ以上に染み付いた企業風土があるのではないか。
日産が発表する販売計画は後に下方修正されることが多く、これは見通しを甘くみる傾向が組織にあるのだろう。
そしてもっとも問題なのは組織そのものにもある。それは役員の多さだ。日経新聞の記事によれば、役員が40名もいるという。同業のトヨタやホンダよりも多いらしい。これだけ役員が多ければ組織が複雑化するし、意思決定も遅れて責任もあいまいになる。業績不振によりリストラ策で従業員削減を打ち出しても、一般社員が減らされるのに役員がそのまま残されている。
「船頭多くして船山に登る」ということわざがある。指図する人が多すぎて統制がとれず、物事が見当違いの方向に進んでしまうことを意味することわざだが、まさに日産はこれに当てはまっている。
組織が崩壊するのは外部からではなく内部からというのは歴史でも多くみられる。
組織に染み付いた風土というのは容易に変われるものではなく、だからこそ強力なリーダーシップが必要とされるのだろう。
日産にそうしたリーダーがいるかどうかはわからないが、どうも状況は厳しいように思える。日産が今後どういう道を辿ることになるのか注目していきたい。