米国次期大統領のトランプ氏は就任後に中国、メキシコ、カナダに追加関税を課すと表明した。メキシコとカナダも対象となったことから両国の通貨が対米ドルで急落。突然の発言で株式市場にも影響が及び、自動車株や半導体関連株などが下落した。今後もこうした突発的な発言によって市場が振り回されることになる。
トランプ氏はこうした発言によって自信を有利な立場に置き、相手から譲歩を引き出して取引を成立させようとする。各国首脳はこうした交渉術に対応しなければならない。
交渉とか説得は難しいものだが、参考になるヒントはある。それは中国古典の『韓非子』にある「説難編」だ。韓非子についてはこのブログでもたびたび取り上げてきた。
その著者である韓非は、隣国の秦に押されて国力が大きく衰退していた母国の韓の国王に何度も提案を行ったが全く受け入れられなかった。相手を説得することの難しさを痛感し、その経験から「説難編」を記した。
韓非はこう述べている。
”説の難きは、説く所の心を知りて、吾が説を以て之れに当つべきに在り”
(説明することの難しさとは、相手の心を知って、それに合うように説明することにある)
利益を求める相手に名誉を説いても、現実離れした者だと思われる。
名誉を重んじる相手に利益の話をしても、卑しい人間と思われるだけだ。
進言の仕方次第では相手の逆鱗に触れて激怒されるかもしれない。
具体的にはどうするか。
相手を説得するコツは、相手が自慢にしていることは誉めたたえ、恥としていることは忘れさせることである。
利己的ではないかと行動をためらっている相手には、大義名分をつけ加えて自信を持たせてやる。
つまらないことだと自分でわかっているのにやめられないでいる相手には、それほど悪いことではないと言って、やめても大したことはないと思わせる。
高い理想を重荷にしている相手には、その理想の間違いを指摘したうえで実行しないほうがいいと言ってやる。
自分の才覚が自慢の相手には、相手の計画そのものに直接ふれず、似た例を参考にあげて、こちらは知らん顔をしながらそれとなく知恵をつけてやる。
他国との共存策を進言するには、まず、それが国の名誉を高めることを述べたうえで、君主個人にとっても利益になることをほのめかす。
危険な事業をやめるよう諭す場合は、評判を落とす心配を強調したうえで相手個人にとっても利益にならないことをほのめかす。
相手の行為を誉める時は、別の人の同じ行為を例とし、諫める時には共通点のある別の例を引くようにする。
不道徳な行為を気にしている相手には、同様な例をあげて大したことではないと弁護してみせ気を楽にさせる。
失敗して気を落としている相手には、同様な例をあげてそれが失敗でないことを証明してやる。
相手が自分の能力に自信を持っている時には、できないことを持ちだしてその能力にケチをつけてはいけない。
決断力に富むと思っている相手には、その判断の誤りを指摘して相手を怒らせてはいけない。
計略の巧みさを誇っている相手には、その計略が失敗しそうだと指摘して相手を困らせてはいけない。
このようにして相手の立場をそこなわぬよう、相手を刺激しないよう、話し方に注意する。そのうえで知識と弁舌を存分にふるうのだ。
これらは孔子の論語によればまさに「巧言令色」とされるだろうが、自分の意見が君主の耳まで達して世を救うことができるのであればなんら恥とするところではない、と韓非は考えた。孔子の理想と韓非の現実が真っ向から対立していて面白い。
かつて安倍元首相は大統領のトランプ氏と良好な関係を築いたが、石破首相はどうだろう。これまでの言動をみる限り、相手の心を知りそれに合うように説明することが最も苦手そうな人物に見えてしまう。
「韓非子」の出所でもある中国は、おそらくこうした交渉術を身に着けているのかもしれない。そういう観点から米中関係を見てみるのも興味深い。