先日、オーストラリアの中央銀行であるオーストラリア準備銀行が債務超過状態に陥ったことが報道された。新型コロナウイルス流行後の景気下支え策として大量に買い入れた国債などの債券の評価損が膨らんだためという。
このようなことは先進国の中央銀行にも起きる可能性があり、日銀も例外ではない。
各国中央銀行のバランスシートには、量的緩和によって大量に買い入れた国債が資産に計上されている。その一方、金融機関から預かっている準備預金や発行した通貨が負債として計上されている。通常は保有する国債からの利息収入が準備預金の利息支払いよりも上回る利ザヤによって利益が生じる。だが金融引き締めで利上げすると準備預金への利息支払いが増える一方で、保有する国債は固定金利のため収入が増えず逆ザヤになるおそれがある。この状態が続けば純資産を徐々に削っていることになりいずれは債務超過へと向かうことになる。
先ほどのオーストラリア準備銀行の債務超過は、金利上昇によって保有国債の評価損が膨らんだことによるものだが、満期まで保有していれば損失が実現しないので直ちに危うくなるとはいえない。ただ、逆ザヤが長引けば着実に財務を悪化させ、通貨の信認に影響を及ぼすことになるかもしれない。最近の豪ドルの対米ドル相場を見てみると下落傾向にあるが、今後の動向は気になる。
中央銀行が債務超過になるとどうなるのかははっきりとわからない。中央銀行の信用は通貨の信用と直結しているのだろうが、中央銀行が債務超過になった途端に通貨の信用が失われるわけでもない。
ほとんどの人は中央銀行のことなど気にもせずに通貨を使っている。それならその通貨の信用はどこから生まれ、どうやって失われるのだろう。
通貨は相手が対価として当然に受け取ってくれるからこそ成り立つ。だが、もし相手がその通貨を受け取ってくれなかったら?
そういうことは絶対起こりえないと言い切れるだろうか。
ある人が遅刻をしたとしてもそれが数回だったら笑って許せるだろうが、それが数回で済まないようであればその人は時間に関して信用を失うだろう。初めは微々たるものでも、ある限度を超えると信用は一気に消失する。信用は一定水準をキープしているからこそ成立するのであって、それができなければ一瞬でなくなるものなのだ。そして失った信用はなかなか戻らない。
通貨も同じではないのか。
中央銀行の債務超過というのも信用を傷つける一つの要因となる。笑って許せる範囲にとどまっていればどうってことないのだろう。だが、その範囲がどの程度なのかは誰にも正確にはわからない。