先日から検討しているオプション取引だが、メリット・デメリットをいろいろ考えてやめることにした。この投資について考える過程が私にとっては楽しいのだが、それはどうしてなのだろう。
それは、「他人から評価される」か「自分で評価する」かによるのではないか。
私もそうだが、サラリーマンの給料というのはたいてい上司など他人の評価に依存している。自分でいろいろアピールし、成果を上げて他人に評価してもらう。英語を勉強したり、資格を取ったりするのも他人からの評価を上げるためだ。
すると他人からどう評価されているか、見られているかということが常に意識のなかにあり、これが心身を疲弊させる。給料が上がったとしても、心身の疲弊の対価としか思えない。
一方、投資というのは原則として自分の評価で行うものだ。何に、いつ、どれくらい、どのような方法で投資するか、自分で評価して主体的に行動できる。それによって大きな利益を得ることもできるが、一方で大損する可能性もある。
でも自分の評価に基づく結果なのだ。
このことが投資という行為を楽しいと思わせてくれるのだと思う。いや、「楽しい」
というより「納得感」を得られるというべきか。
経済的自由というのも、自分で評価する領域を増やしていったさきにあるものなのかもしれない。