投資狂日記

自由を追求するブログ

目的の先にある豊かさ

以前、こんな本を紹介した。

この本も面白い。

現代社会はあらゆるものを目的に還元し、目的からはみ出るものを認めようとしない社会になりつつあるのではないか。」と問いかける。

 

たとえば、食事をするのは栄養をとるためで、栄養摂取が食事の目的であることは確かだ。この目的を突き詰めれば、毎日カロリーメイトを食べたりサプリを摂取すれば十分生きていけるはずだが、それでいいのだろうか。食が持つ栄養摂取という目的を超える経験が人間の食には欠かせないものであり、そこに豊かさを感じることができる。

この豊かさは「贅沢」ともいえるが、それを楽しみ満足することを奪われている。つまり、目的をはみ出るものを許さないようになっているのではないか。

 

贅沢というと否定的なニュアンスがある。だが、贅沢することを浪費と呼ぶなら、人間はまさしく浪費を通じて豊かさを感じ充実感を得てきた。

フランスの哲学者ボードリヤールによれば、浪費は限界を超えて物を受け取ることであり、浪費は満足をもたらすという。そして満足すれば浪費は止まる。ところが消費には終わりがない。終わりがないから満足しない。だから延々と消費が続いていく。

 

こうした消費社会によって消費者になるように駆り立てられ、浪費による贅沢を楽しめなくなっている。浪費家ではなく消費者にさせられているというわけだ。

大量生産・大量消費という消費社会の悪循環を断つにはむしろ贅沢を求めることこそ大切ではないかという視点は興味深い。

 

そして贅沢の本質は目的から逸脱していることにある。目的から超越したところに自由がある。

これは「遊び」にも通ずる。

遊びは真剣にやるからこそ楽しいのだ。

 

トヨタよ、お前もか

自動車大手で国の認証手続きを巡る不正が発覚した。そこにトヨタも含まれていることが事態を一層深刻なものとしている。

 

日本企業は品質にこだわりを持っている。トヨタも例外ではなく、そうした姿勢が世界中でメード・イン・ジャパンというブランドイメージを築き上げてきた。

今回明らかになった不正も、もともとは法規より厳しい品質基準を定めていたところで起きていて、不正があったとしてもそれをもって品質を満たしていないことにはならないところが問題を複雑にしている。

市場で求められる品質が法規で定められているものよりも厳しければ、企業としては法規以上の品質を求めるはずだ。だからこそ現場は品質向上の努力をしていたが、一方でその品質への自負が法規手続きを軽視することへつながったのだろう。

 

消費者としては製品の品質が高ければ高いほどいいわけだが、その水準があまりにも高すぎると製品を作る側へのプレッシャーにもなり、それが不正へとつながりうる。消費者が必要十分以上の品質を求めていないかも考える必要があるのかもしれない。

 

投資家の視点からはどう考えればいいのだろう。

トヨタという優良企業ですら法規を守る意識が薄らいでいたのなら、日本企業を見る目は厳しくなるだろう。ただ、トヨタは日本を代表する企業だが、同時に日本の伝統的企業(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー、JTC)でもある。

最近明らかになる不正の多くはこのJTCで起きている。

 

JTCと揶揄される企業でも変化しようとする動きはある。不正が明らかになった企業もその後どう変化するかが問われる。投資という観点からは、そうした変化をじっくり見定めていきたい。